1998年8月19日水曜日

『魂を救うだろう』(1998)

デビュー作がミニ・アルバムになったのは、ディレクターさんの薦めだった。
録音は1996年から始めていたのに、まだ全体のイメージは散漫としていたし、
録音したい曲の候補は増える一方だった。
事務所が決まった事を機に、ここらで一区切り打って、
先ずは最初に名刺がわりのミニを出そうという話になったのだ。
僕も同意した。
1998年の時点で東京に出てきて5年経っていた。
その間ライブ活動もしていない。
何も起きていないも同然だった。
何かしら痕跡を残さなければ、という焦燥感があったのは事実だ。

今から思うと、この5曲の並び、バッチリだ。
(選曲はディレクターさん。勿論僕も納得の上でのリリース)
僕以外の人から見た「徳永憲」の個性がよく出ている。
しかし、当の本人としてはその辺りがよく分かっていなかった。
現在は(持て余しつつも)それなりに対処出来るようになったが、
当時は自分と自分の音楽との関わり合いは、ほぼカオス状態だったように思う。

1.ビルの屋上
青山にあったラント・スタジオでベーシックを録音。
その後、別スタジオで等さんのウッドベースを入れて完成。
売れっ子スタジオ・ミュージシャンの凄さを思い知った瞬間だった。1996年作。

2.魂を救うだろう
これもラント・スタジオで歌とアコギを同時に録音した。
歌詞の最後の行は、本当は違う言葉の並びだったんだけど、
今歌った方が良かったじゃん、ということになり採用された。
野崎さんのチェンバロが素敵。いつかまた仕事をしたい。1996年作。

3.だから僕は眠るのか
ギターのチューニングはDADGAD。
最後はぷっつり切れる編集がされているけど、実際の演奏もそのすぐ後でぷっつりと終わる。
小品のつもりで書いたものが大作になっていく、そんな過程が垣間見える。
エフェクトはミックス時に3人で手分けして手動で動かした。1997年作。

4.夢の中じゃ
そう言えばこの5曲、今でもライブで普通に歌っているんだよな。
まぁ、僕の基本形なんだろう。辛辣さの按配がちょうどいい感じ。
ドラムは坂田君が2パターン叩いていて、採用になったのは激しいヴァージョン。
録音したスタジオは六本木の再開発の関係でなくなってしまった。1993年作。

5.わんわん吠えている
これは昔のデモテープそのまま。ベッドルームでカセットMTR一発録り。
1994年録音なので、ちょっと声が若いかな?


ジャケット制作は小島麻由美のジャケットでお馴染みのサリーさん。
僕は不慣れで意見が迷いどおしだったな。
タイトル曲は8ミリでPVも撮った。映像表現に疎かった自分が露になっていて、
出来は決して良くはないと思う。

BGM: