2010年8月11日水曜日

うちの金魚

うちで金魚を3匹飼っている。
いたって普通の和金という種類の金魚たちだ。
そのうちの1匹の様子が今年の春頃からおかしくなった。
それまでは他の2匹同様、活発に動いていたのだが、
すっかり大人しくなって水槽の下の方で静かに佇むようになったのだ。
最初は寝ているか、リラックスしているだけなんだ、と思っていた。
しかし、ある日まじまじとその1匹を観察していた時に分かった。
よく見ると、眼が淀み、黒目が半透明になっている。
失明していたのだ。
他の2匹の黒目は漆黒の濃さなのに、
その1匹の眼は頭部の中が透き通って見えるほどに薄い黒目になっていた。
水槽をコツコツと指で叩くと、反応して普通に泳ぎ出すので、
重大な病気ではなさそう。
しかし、泳いでいると他の2匹にぶつかるし、ポンプの管にも真正面から激突してしまう。
だから、彼は水槽の下で静かに佇んでいたのだ。
自分の身を守るために、じっとしていたのだ。

それに気付いてから僕は、その失明金魚のことが気にかかってしょうがなくなった。
金魚は自分の身に起こった事態に気付いた時、絶望したであろうか。
そもそも何にも楽しくない水槽の中だ。
自分は何の為に生きているのだろうか、などと自問はしていないだろうか。
それともオツムが弱いので、失明した事自体、今でもわけが解っていないのであろうか。
とても可哀相だった。
しかし、唯一の救いは失明金魚が頑張って生きようとしている事だった。
エサをやると、水面付近にまで浮き上がってきて一生懸命エサにありつこうとする。
他の金魚2匹がエサに食らいつく音や水の波動に気付いて、
自分も水面付近で口をパクパクさせにやって来るのだ。
生き続ける為に、彼は本能のままにそう行動するのだ。
しかし、目が見えないからうまく食べられない。
エサのない方向で口をパクパクやっていることもしばしば。
運が良ければ、そのうち1~2粒口の中に吸い込まれるかもしれない。
彼はそれだけを頼りに生きているのだ。
僕がその病気に気付いてやれなかった頃は1粒も食べられなかった日もあっただろう。
何とおそろしかったことか。
目前に死を感じていたかもしれない。
想像するだけで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

今、僕は3匹いる金魚の中で失明金魚を一番かわいがっている。
なので、毎日えこ贔屓をしている。
エサやりの時、先ずは最初、数粒だけ水槽にエサを落とす。
すると他の2匹が物凄い勢いでエサの争奪戦を始める。
バチャバチャという貪欲な波しぶきをたてて。
その音を聞かせて、僕は失明金魚にエサの時間を教えてあげる。
あとは彼が口をパクパクさせる方向にだけエサを落としていく。
勿論、他の2匹に邪魔されたり横取りされることの方が多いが、
ちゃんと食べられる確率はかなり高くなっていると思う。

嬉しいことに、最近の失明金魚は水槽の下でじっと佇むことが少なくなった。
目が見えないことに変わりはない。
しかし、恐怖心が少しはやわらいだのであろう。
というか、その生活に慣れただけかもしれない。
とにかく以前より少し活発になった失明金魚を見ていると、
僕はとても嬉しい気持ちになるのである。


BGM:Four Altos / Woods,Quill,Shihab,Stein