両親がラジオ局で働いていた事もあり、僕のうちは音楽がいつも身近なところにあった。
レコードの扱いを教えてもらってからは、ちょっと背伸びした気分でそれを楽しんだ。
傷をつけないよう大事に大事にシングル盤をターンテーブルの上に乗せ、
針を落とし、出てくる音に耳を傾けていたものだ。
聞いていたのは当時の歌謡曲のシングル盤。
でも、それだけじゃ物足りなかった。
洋楽ロック一辺倒になるのは、中学2年生以降になる。
そこから僕の本格的な音楽生活が始まった。
時代は完全に80年代旋風が吹いていて、僕もその大波に飲み込まれた形。
クラスの友達の多くに影響されながら色んなものを聴いていった。
レンタルレコード屋にもよく通った。
家が近所だった友人D君とは、日曜日、二人で約束して午前中からレンタルレコード屋へ行き、
当日料金(50円引きになる)でLPを3~5枚ほど借り、
真っ直ぐ自宅へ帰りそれをカセットに録音した後、昼過ぎにまた二人で待ち合わせ、
お互いに借りたレコードを交換してさらにそれを録音…ということをやっていた。
夜に返しに行く時はヘロヘロになっていたもんだ。
それだけ貪欲に新しい音を追いかけていたのだ。
しかし、それだけでは話は済まぬ。
また別の友達からはカセットを貸りて、それをさらにダブルデッキでダビングしたり。
ダビングのダビングだと音がモコモコしてたよな。
そんな頃、中学2年の秋。
林間学校っぽい泊りがけのバス遠足があった。
希望が丘の青年の城。 当然その宿泊の夜は、友達同士でロック談義となる。
友人M君は規則違反のウォークマンを持ってきており、
それがさらに皆のテンションを上げさせた。
大部屋に並んだ二段ベッドの上、順番でそれを聴くことになった。
先生の見回りがあってヤバいのだが、そのワクワク感はハンパじゃなかった。
しかも、M君が持ってきていたカセットが驚異のメタル・バンド、WASPだったのだ。
股間にノコギリを立てて放送禁止曲を歌う、という噂の新人だ。
まだそれを聴いたことがなかった僕としては、これは是が非でも聴いておかねば、という気持ちになった。
ジャージ姿の中学2年生たち。可愛いものである。
僕の順番が回ってきた。
僕は二段ベッドに登り、おそるおそるウォークマンのプレイボタンを押した。
すると出てきたのがド派手なメタル・サウンド。
そして凶暴で邪悪なダミ声ヴォーカル。
僕は度肝を抜かれた。
でも、ビックリするほどサビのメロディーがキャッチーで…と思っていた瞬間、
誰かが小声で囁いた。
「先生が来たぞ!」
その場に戦慄が走った。
緊迫した空気になり、皆が皆取り繕うような素振りを見せ、あたりがシーンとなった。
まだ就寝時間でもなかったので適当に雑談していればいいものを、
シーンとなってしまったことで「何か悪いこと」をしているのがバレバレだった。
僕はとっさに、これはカセットを止めなければ現行犯になる!と思い、
ガチャガチャとストップボタンを探してカセットを止め、枕の下にウォークマンをササッと隠した。
ジャージの下で心臓がドキドキと打っていた。
が、先生の見回り情報はガセだった。
実際は大部屋の前を通りがかっただけであった。
僕らはほっと胸を撫で下ろした。
でも、ロック談義はそこでお開きとなった。
僕もこれ以上ヤバい橋は渡れない、と思った。
後日、僕はM君から改めてWASPのカセットを借りた。
やっぱり気になっていたし、「先生が来た!」というあのガセネタが出た瞬間以降の曲も、
ちゃんと聴いておきたかった。
かくして、今度は自宅でゆったりした気分で聴けた。
1曲目。例のキャッチーなサビの部分。
しかし、ここで急にM君のカセットから「チュルチュルチュル」という音がした。
おやっと思った…が、原因はすぐに分かった。
原因はあの夜の僕だった。
きっとストップボタンを押さないといけないところを、
焦って録音ボタンと巻き戻しボタンを同時に押してしまったのであろう。
ほんの0.3秒ぐらいだが、テープが巻き戻る音が録音されてしまっていたのだ。
「チュルチュルチュル」
ヒップホップのスクラッチ音じゃあるまいし、サビが台無しになっていた。
翌日、僕はM君に謝った。
M君は大目に見てくれた。
あの状況だったから、逆にそれは笑い話になったぐらいだった。
で、僕はと言えば、ちゃっかりその「チュルチュル版WASP」をダビングさせてもらっていた。
その後も何度か聴いたのだが、その度にあの「チュルチュル」が耳に入った。
そして、その度に楽しかった林間学校の夜を思い出したのである。
(つづく)