1999年9月21日火曜日

『お先に失礼』(1999)

元々はポニーキャニオンの資金で作っていたのだが、突然契約を反故にされた為、
事務所レーベルから出すことになったミニ・アルバム。
そんなゴタゴタがありつつも、ちゃんと味方についてくれる人々が周りにいてくれた。
とてもありがたかった。今でもその感謝の気持ちを忘れることはない。
制作で印象深いのは16CHのアナログ・レコーダーを持ち込んでリズム・トリオを録音した目黒ゾアでのセッション。
リハと録音を兼ねながら色んな曲を試した。
今でも活躍してくれている吉川君はそこからの参加。
『アイヴィー』の出発点は僕の生々しい弾き語りだけど、ここでは溌剌としたバンド・サウンド。
これは意識してのこと。風通しが良くなった、と当時よく言われました。

1.誰かのブルース
カメラという単語をどれだけオシャレに使わないか、にこだわった。
『アイヴィー』に比べて随分ちゃんとした歌だ。反省したとみえる。1993年作。

2.お先に失礼
1992年作。斜に構えて物を見る典型みたいな曲で、これが大学生当時の僕そのものだった。
僕が基本的にはネオアコ野郎だということが分かる。それは否定できまい。
ASA-CHANGが4種類ぐらいのパーカッションをダビングしてくれて、キャッチーになった。
そして、等さん編曲のストリングスがまたしてもかっこいい。
PVは富士山、お台場で撮影した。この頃のお台場はまだ空き地が多かったな。

3.ぎこちない歩き方
最初「春が来た」というタイトルだった。リズムが8分の9になっている部分が気持ち良い。
ジャカジャカ弾いているアコギはエンジニア浜田さんのアイディアで8本ぐらい重ねたもの。
間奏の口笛は当時マネージャーだった麻畠君。僕よりうまかったので、座を譲った。
この曲でもASA-CHANGのパーカッションが効いている。1993年作。

4.0ポイント
5.メザセ!メザセ!
このミニ・アルバムの中核を担う曲。元々は高音ではりきって歌う曲だったのだが、
ディレクターの指示でジェントルな歌い方にした。
そのディレクションは正しかったと今にして思う。
長いイントロを1曲扱いにしたのが「0ポイント」。僕のギターがうまい。1998年作。

6.ひ弱な兵隊さん
制作の終盤でビタースウィートなメロディーを足したいと思って引っ張り出した曲。
1994年作。歌詞のテーマはほぼ「メザセ!メザセ!」と同じである。
こういった弾き語り曲やダビングものは、殆ど用賀のゲートウェイ・スタジオでの作業だった。

7.陽気なバラ
堀辰雄が療養してそうな高原のサナトリウムをイメージして書いた。1998年作。
ザクッとしたバンドの音がいいですな。
僕がギター・ソロを弾くヴァージョンがあったが、最終的にはオルガンに差し替えに。
最後に回転数の落ちた変な音が出てくるが、これはマルチテープにたまたま残っていた別アーティストの音。ポニーキャニオンの倉庫にあったもう用済みのサブテープを使い回して制作していた為。面白かったので残してしまった。

8.日曜の朝 
子供ソング。こういう曲は使えそうなストックがまだ幾つかあって、
いつか纏めて出してみたい気もする。いつになるかわからないが。1994年作。


ジャケットの撮影場所は国立の一橋大学。
僕が着ているのは60年代のアイビー・スーツだそう。
レンタルでなく経費で買い上げた、ということだったので僕がもらったのだが、
あれから袖を通したことはない。勿体無いね。

BGM: