大相撲夏場所が終わった。
今場所は横綱 白鵬がケガをして不調だったこともあり、
ざぶとんがよく舞った。
このざぶとん投げ、投げているのは大体が「いい大人」である。
サングラスにリーゼントの不良が投げているのではない。
会場のアナウンスでは投げるのをやめるよう義務的に呼びかけているのだが、
当然そんなことお構いなし。
「いい大人」がはっちゃけてしまうのである。
まるで、このチャンスを得たいが為に高いマス席を買ったんだと言わんばかり。
横綱が負けたら、ここぞとばかり、半笑い状態でざぶとんを投げるのである。
きっと会場を後にし、帰途に着く頃には至福の笑顔を見せているに違いない。
家に帰ったら「おい、今日お父さんが投げたざぶとん、テレビに映ってたか」と、
息子や娘に自慢するに違いない。
そして、完全にチケットの元を取った、と鼻毛をそよがせながら悦に入るのである。
幸せな話だ。
多分この人達はものすごくいい人達だと、僕は思う。
常識もあり、近所との付き合いなどもソツなくこなしている人達だ。
だからこそ、普段ハメを外す場所がないのだ。
そんな「いい大人」のストレスの発散というか、鬱屈のスケープゴートとなっているのが、
この日本の国技名物・ざぶとん投げなのだ。
やっちゃいけないことを、特例的にやってもいい、止む無しとされている、
稀有なイベントなのである。
なかなかそんな機会はない。
まさか葬式でざぶとんを投げるわけにもいかないし、
寄席を観に行って、ざぶとんを投げるわけにもいかない。
でも、大相撲の場合は何となく許されるのである。
慣例として。文化として。
一応、相撲協会はそれをやめてくれと言っているし、
それでケガ人が出たら傷害罪なども適用できるそうだが、
実際のところそれで会場は盛り上がっちゃうし、一種の儀式として大目に見られているわけだ。
本当に投げて欲しくなかったら、ざぶとんを床に打ちつけるか、座イスにすればいいのである。
「いい大人」だったら誰でも座イスを投げるのはまずいと分かる。
だから投げないはずだ。
しかし、まぁ、実際のところでは、ここ数年、福岡で開催される11月場所だけは特殊な巨大ざぶとんが用意され、投げられないようになっているらしい(Wikipedia情報)。
それではつまらない、と僕なんかは思ってしまうのだ。
そういう風に何か対策したいんだったら、
寧ろ当たってもケガしない超軽量のフワフワのクッションみたいなざぶとんにすればいいのに。
それならより多く飛んで、「いい大人」をより夢心地にさせられるぞ。
あと、完全に蛇足であるが、修学旅行のまくら投げも容認されている悪事のひとつだ。
きっと文部科学省の教育ガイドブックに「あれは黙認すべし」と書いてあるはずだ。
詰まったスケジュールの中でも、就寝前にその時間がぽっかり空けられているはずだし、
旅館の方でも2、3個多くまくらを置いているはずだ。
世の中はそういう心遣いで回っているのだ。
BGM:Imagine / John Lennon