2010年9月4日土曜日

初めてバンドを組んだ

高校2年生の時、初めてバンドを組んだ。
バンド名はフローズン・テイル。凍った尻尾。
メンバーは学校の友達で、半分が初心者だった。
曲はいきなり僕のオリジナル。
定石通りなら簡単なコピーから練習に入りバンドの音を固めていくところだろうが、
僕はそんな回り道はイヤだった。
簡単な曲がいいのなら、それを書いてやる。
こうである。
まぁ、そのあたりは10代なので無理がきいた。
初めてだからと言って臆することはない。自分にやれることをやってみるだけだ。
実際、何とかなった。
リズム隊の二人は中学からブラスバンド部を続けていたおかげで頼りになった。
当然彼らは飲み込みも早いわけで、バンドは自然と様になっていった。
自分の曲が練習スタジオで具現化していくのを見て、僕はすごく高揚感を感じた。
それまでは頭の中だけで構想するだけだった。
それとはやはり雲泥の差、である。
勿論、演奏自体は個々の技量も含めて修正点は沢山あったけれども、
その課題が現実のものとして目の前にある感覚が強烈だった。
僕は完全に夢中になった。

因みにどんな曲をやっていたかというと…、ネオアコ+パワーポップみたいな英語曲。
アズテック・カメラが『ストレイ』で見せた方向性に近いかも。
でも、数ヵ月後、メンバーの中でその「爽やかさ」をバカにした奴が出たので、
僕はやる気を失ってしまい、フローズン・テイルは1回のライブだけでお仕舞いになってしまった。
何ともあっけない。
しかし、確かにそこは滋賀県の田舎町。
似合う音楽と似合わない音楽がある。
僕はそう思うようにした。

そのバカにしたメンバーというのがもう一人のギター、よっちゃんだった。
(野村義男の「よっちゃん」と違う関西風イントネーションで読んでね)
これがかなりのツワモノ。
エレキギターは親戚から譲り受けた、とか何とかで、
しかし弦の張り替え方を知らないので、気が付いたら弦1本で練習をしていたという高校生。
僕は驚いて「それで何を弾いてたねん?」と質問すると、
「ライトハンド。」という答えが返ってきた。
事実、よっちゃんはライトハンド奏法がすごく巧かった。
(それだけ1本弦ギターの時代が長かったことを意味する)
その1本が切れたらギターをやめるつもりだったのかもしれないが、
運良く残り1本のところで、僕と仲良くなり彼はバンドに加入することになった。
僕はすぐに弦の張り方を教えてあげた。

そんなよっちゃんだが、バンド加入にあたってもうひとつ些細な問題があった。
それは、ギターは持っていてもギターケースが無かったことである。
それでは外出できないのである。
ストラップで肩にギターをかけてそのまま自転車に乗ればええやん、と僕は言ったが、
それはキカイダーみたいでイヤらしかった。
「明日、雨が降ったら練習に行けない」と言われた時はさすがに僕も「ケース買えよ」と言った。
そんなある時。
よっちゃんは練習スタジオにギターをアディダスのボストンバッグに入れてやって来た。
でも、それではネックから上がバッグから突き出てしまう。
そこで彼は考え、そのネック部分に紫色の風呂敷を巻いて、登場した。
何かと思えば、ギターか。
僕はそう言った。
風呂敷をひらくとストラトキャスターは少し恥ずかしそうだった。
ちょっと上等な日本酒みたいだった。
練習スタジオで僕らは笑ったものである。

その帰り道。
駅の近くで偶然僕らはクラスの女の子2人とすれ違った。
別になんてことはなく、ただ軽く会釈しただけだったのだが、
よっちゃんだけが、ひどくうろたえていた。
他のメンバーが肩からギターケースを提げているのに、
自分だけ自転車のカゴにボストンバッグを入れていて、
しかもそこから紫の風呂敷に包まれた長いものが突き出ているのである。
やっとそれが恥ずかしい、ということを感じたようである。
「じょ、女子に見つかってしまった…」
さっきまで勢いよく笑っていたよっちゃんはひどく落ち込んでしまった。
帰り道、10回以上は「バレてしもうたかなぁ」というセリフを聞いた。
僕は半分呆れながらも「大丈夫や。誰もそれがギターやとは気がつかへん」とフォローした。
まぁ、そういうこともあってか、
彼は数日後、ギターケースを買ったのであった。
それ以来、女子とばったり出会うことはなかったけどな。

(つづく)